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Blog.3|朝潮橋駅 周辺

大阪府大阪市港区
Date 2022.9.10|作成者Shingo
Blog.3

朝潮橋駅周辺


大阪府大阪市港区
Date 2022.9.30|作成者Shingo

港区の誕生

安治川河口の大規模な浚渫土砂でできた天保山付近を、近代式の港とするために、1897年(明治30)から大阪港の修築工事が始まります。大阪市の財政難と軟弱地盤での難工事のため、埋立工事は32年にも及びましたが、天保山付近に新しく造られた築港と大阪市街をつなぐ、かつて新田地域も急速に市街化しました。
大正後期から昭和初期にかけて、大阪市が東洋のマンチェスターと呼ばれ、人口・面積・工業出荷額において東京を凌駕し、世界有数の大都市として栄華を誇った時代を「大大阪時代」と呼びますが、港区は、この「大大阪時代」の大正14年(1925年)に、現在の大正区や西区九条を含む区域として誕生します。当時の人口が約28万人、新興市街地として、また工業地帯として開発された区域は、その後も人口が激増し、1930年(昭和5)には36万人を超えるまでに急成長しました。現在と同じ区域となった1943年(昭和18)でも約26万人と大阪市で最も人口の多い区として発展し、大阪港も、第2次世界大戦(1939~1945年)直前には、日本で最大の貨物取扱量を誇るようになりました。
 

戦争による壊滅的被害と戦後の大規模な土地区画整理事業

国内有数の貨物港であり軍事上の重要拠点でもあった大阪港は、第二次世界大戦では徹底して攻撃目標とされ、1945年(昭和20)の6回に及ぶ大空襲で港区の区域のほとんどが消失するという壊滅的な打撃を受けることとなります。終戦直後1945年(昭和20)11月の国勢調査では人口が約9000人弱と、戦前の人口の30分の1まで激減してしまいました。
 
機能を失った大阪港の整備拡大と、低地帯の高潮対策のために、1946年(昭和26)9月、港区の面積の約88%に及ぶ690haを施行区域とする「港地区復興土地区画整理事業」が都市計画決定されます。1992年(平成4)1月の換地処分まで、実に44年にわたる大規模な土地区画整理事業は、安治川などを内港化して広げ、それにより発生した土砂で施行区域のほぼ全域を2m盛土するするという、世界でも類を見ないものでした。また、地権者が40%の減歩に協力し、中央大通や国道43号線などの都市幹線道路の整備、 八幡屋公園をはじめとした31カ所の都市公園の整備、公営住宅や公社住宅などの住宅整備が進められました。

港区の誕生

安治川河口の大規模な浚渫土砂でできた天保山付近を、近代式の港とするために、1897年(明治30)から大阪港の修築工事が始まります。大阪市の財政難と軟弱地盤での難工事のため、埋立工事は32年にも及びましたが、天保山付近に新しく造られた築港と大阪市街をつなぐ、かつて新田地域も急速に市街化しました。
大正後期から昭和初期にかけて、大阪市が東洋のマンチェスターと呼ばれ、人口・面積・工業出荷額において東京を凌駕し、世界有数の大都市として栄華を誇った時代を「大大阪時代」と呼びますが、港区は、この「大大阪時代」の大正14年(1925年)に、現在の大正区や西区九条を含む区域として誕生します。当時の人口が約28万人、新興市街地として、また工業地帯として開発された区域は、その後も人口が激増し、1930年(昭和5)には36万人を超えるまでに急成長しました。現在と同じ区域となった1943年(昭和18)でも約26万人と大阪市で最も人口の多い区として発展し、大阪港も、第2次世界大戦(1939~1945年)直前には、日本で最大の貨物取扱量を誇るようになりました。
 

戦争による壊滅的被害と戦後の大規模な土地区画整理事業

国内有数の貨物港であり軍事上の重要拠点でもあった大阪港は、第二次世界大戦では徹底して攻撃目標とされ、1945年(昭和20)の6回に及ぶ大空襲で港区の区域のほとんどが消失するという壊滅的な打撃を受けることとなります。終戦直後1945年(昭和20)11月の国勢調査では人口が約9000人弱と、戦前の人口の30分の1まで激減してしまいました。
 
機能を失った大阪港の整備拡大と、低地帯の高潮対策のために、1946年(昭和26)9月、港区の面積の約88%に及ぶ690haを施行区域とする「港地区復興土地区画整理事業」が都市計画決定されます。1992年(平成4)1月の換地処分まで、実に44年にわたる大規模な土地区画整理事業は、安治川などを内港化して広げ、それにより発生した土砂で施行区域のほぼ全域を2m盛土するするという、世界でも類を見ないものでした。また、地権者が40%の減歩に協力し、中央大通や国道43号線などの都市幹線道路の整備、 八幡屋公園をはじめとした31カ所の都市公園の整備、公営住宅や公社住宅などの住宅整備が進められました。

朝潮橋駅周辺と八幡屋商店街

大阪メトロ朝潮橋駅を降りると、2番出口から立体遊歩道で直接つながる、八幡屋公園があります。FIVAバレーボールネーションズリーグやコンサートが行われる丸善インテックアリーナ大阪(大阪市中央体育館)、公認の国際大会が開催される丸善インテック大阪プールがあることで知られますが、4月には満開のソメイヨシノを楽しみに多くの市民が訪れる場所でもあります。
丸善インテックアリーナ大阪の正面から続く緩やかな斜路を進んで八幡屋公園を出ると、その前面は、みなと通が 中央大通と合流して幅員が広がり、大阪メトロ中央線の高架路線が上空を横切ります。その高架をくぐる長い歩道を横断して西に進むと八幡屋商店街の入口です。1948年(昭和23)に創設された復興市場を起源にもつ、日用品店、飲食店を中心とした商店街振興組合を核として、生鮮食品を扱う八幡屋市場、港中央市場、スーパーナショナル八幡店が一体となって、近隣住民の生活を支えています。

八幡屋商店街を抜けたみなと通の南側は、戦後、公営住宅を中心とした住宅整備が進められた地域です。戦災による住宅難と高度成長期の都市の人口増加、特に港区では港湾事業従事者など、大阪の産業の発展を支えてきた人々への住宅供給に対応して、積極的な住宅建設が1975年(昭和50)頃まで進められました。現在、公営住宅の住戸改善や建替事業が進められていますが、65歳以上の高齢者が3割を大きく上回るなど高齢化が急速に進んでいます。

朝潮橋駅周辺と八幡屋商店街

大阪メトロ朝潮橋駅を降りると、2番出口から立体遊歩道で直接つながる、八幡屋公園があります。FIVAバレーボールネーションズリーグやコンサートが行われる丸善インテックアリーナ大阪(大阪市中央体育館)、公認の国際大会が開催される丸善インテック大阪プールがあることで知られますが、4月には満開のソメイヨシノを楽しみに多くの市民が訪れる場所でもあります。
丸善インテックアリーナ大阪の正面から続く緩やかな斜路を進んで八幡屋公園を出ると、その前面は、みなと通が 中央大通と合流して幅員が広がり、大阪メトロ中央線の高架路線が上空を横切ります。その高架をくぐる長い歩道を横断して西に進むと八幡屋商店街の入口です。1948年(昭和23)に創設された復興市場を起源にもつ、日用品店、飲食店を中心とした商店街振興組合を核として、生鮮食品を扱う八幡屋市場、港中央市場、スーパーナショナル八幡店が一体となって、近隣住民の生活を支えています。
 
八幡屋商店街を抜けたみなと通の南側は、戦後、公営住宅を中心とした住宅整備が進められた地域です。戦災による住宅難と高度成長期の都市の人口増加、特に港区では港湾事業従事者など、大阪の産業の発展を支えてきた人々への住宅供給に対応して、積極的な住宅建設が1975年(昭和50)頃まで進められました。現在、公営住宅の住戸改善や建替事業が進められていますが、65歳以上の高齢者が3割を大きく上回るなど高齢化が急速に進んでいます。

 

大阪・関西万博への期待

関西に出店攻勢をかける新興スーパーの「ロピア」が、今年(2022年)4月に、弁天町の大阪ベイタワーのリニューアルで、大阪市内に初出店したことが話題となりました。また、4月に公表された1月時点の路線価に続き、9月に公表された7月時点の地価調査でも、 JR大阪環状線と大阪メトロ中央線が通る弁天町駅周辺の地価上昇率が、大阪市内でトップになるなど、2025年の大阪・関西万博の開催に向け、そのメインアクセスとなる弁天町駅周辺の開発への期待が地価を押し上げています。しかし、 港区内の地価が一律に上昇しているわけではありません。
 
港区は北、西、南の三方を海と川に囲まれ、東西方向の都市軸上に大阪メトロ中央線弁天町駅、朝潮橋駅、大阪港駅の3駅が立地して、地域の特徴も駅ごとの徒歩圏(800~1200m)で捉えることができますが、弁天町駅を中心とする東部エリアは、交通の利便性や市の中心部に近いことから、人口も増加し、区の人口の半分以上を占めています。
 
一方、朝潮橋駅を中心とする中部エリアと大阪港駅を中心とする西部エリア(築港・天保山エリア)では、人口の減少傾向と高齢化率の上昇傾向が続き、特に西部エリアでその傾向が顕著です。地価の変化も人口動態に対応して、大阪港駅周辺や湾岸部では地価が下落しており、人口増加が期待されて地価が上昇がする地域と、高齢化によりさらに人口減少が予測される地域に2極化が進んでいます。
 
中部エリアである朝潮橋駅周辺でも、駅に近い地域や弁天町駅側の住宅地では、ここ数年間の地価変動率に大きな変化はありませんが、駅から遠い地域や大阪港駅側の住宅地、特に戸建住宅地では地価が下落しています。
近隣型商店街として地元に根ざしてきた八幡屋商店街でも、地域の高齢化と人口減少により大きな影響を受けていると思われますが、昨年、「大阪・関西万博会場に一番近いアーケード商店街・市場」としてWEBサイトを立ち上げ、万博開催へ向けて、大阪市内観光やインバウンド需要の回復を期待し、ホームページとSNSで商店街の魅力を伝えるための情報を発信しています。
 
八幡屋商店街・市場 https://yahataya.org/
 
市内中心部からの適度な距離感と、子育てに適した住環境に恵まれた朝潮橋駅周辺は、弁天町駅周辺に次いで居住用不動産の賃貸需要や取引需要が見込まれる地域として捉えることができます。また、万博を契機として、築港・天保山エリアの土地利用や商業・業務施設の立地なども変化していく可能性を持っています。今後も、朝潮橋駅周辺の公営住宅の整備動向や、UR賃貸を含めた賃貸住宅の需給動向、流動性の高い区分所有マンションの取引動向、さらに港区全体の事業用不動産の需給動向に着目していきたいと思います。

大阪・関西万博への期待

関西に出店攻勢をかける新興スーパーの「ロピア」が、今年(2022年)4月に、弁天町の大阪ベイタワーのリニューアルで、大阪市内に初出店したことが話題となりました。また、4月に公表された1月時点の路線価に続き、9月に公表された7月時点の地価調査でも、 JR大阪環状線と大阪メトロ中央線が通る弁天町駅周辺の地価上昇率が、大阪市内でトップになるなど、2025年の大阪・関西万博の開催に向け、そのメインアクセスとなる弁天町駅周辺の開発への期待が地価を押し上げています。しかし、 港区内の地価が一律に上昇しているわけではありません。
 
港区は北、西、南の三方を海と川に囲まれ、東西方向の都市軸上に大阪メトロ中央線弁天町駅、朝潮橋駅、大阪港駅の3駅が立地して、地域の特徴も駅ごとの徒歩圏(800~1200m)で捉えることができますが、弁天町駅を中心とする東部エリアは、交通の利便性や市の中心部に近いことから、人口も増加し、区の人口の半分以上を占めています。
 
一方、朝潮橋駅を中心とする中部エリアと大阪港駅を中心とする西部エリア(築港・天保山エリア)では、人口の減少傾向と高齢化率の上昇傾向が続き、特に西部エリアでその傾向が顕著です。地価の変化も人口動態に対応して、大阪港駅周辺や湾岸部では地価が下落しており、人口増加が期待されて地価が上昇がする地域と、高齢化によりさらに人口減少が予測される地域に2極化が進んでいます。
 
中部エリアである朝潮橋駅周辺でも、駅に近い地域や弁天町駅側の住宅地では、ここ数年間の地価変動率に大きな変化はありませんが、駅から遠い地域や大阪港駅側の住宅地、特に戸建住宅地では地価が下落しています。
 
近隣型商店街として地元に根ざしてきた八幡屋商店街でも、地域の高齢化と人口減少により大きな影響を受けていると思われますが、昨年、「大阪・関西万博会場に一番近いアーケード商店街・市場」としてWEBサイトを立ち上げ、万博開催へ向けて、大阪市内観光やインバウンド需要の回復を期待し、ホームページとSNSで商店街の魅力を伝えるための情報を発信しています。
 
八幡屋商店街・市場 https://yahataya.org/
 
市内中心部からの適度な距離感と、子育てに適した住環境に恵まれた朝潮橋駅周辺は、弁天町駅周辺に次いで居住用不動産の賃貸需要や取引需要が見込まれる地域として捉えることができます。また、万博を契機として、築港・天保山エリアの土地利用や商業・業務施設の立地なども変化していく可能性を持っています。今後も、朝潮橋駅周辺の公営住宅の整備動向や、UR賃貸を含めた賃貸住宅の需給動向、流動性の高い区分所有マンションの取引動向、さらに港区全体の事業用不動産の需給動向に着目していきたいと思います。